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東京地方裁判所 昭和43年(わ)327号 判決 1969年5月14日

主文

被告人大久保芳男を懲役二年六月に、

被告人杉山鉄男、同刈山修をそれぞれ懲役二年に、各処する。

被告人大久保、同杉山に対し未決勾留日数中各一五〇日をそれぞれの刑に算入する。

被告人刈山に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人大久保芳男は、肩書アパートに妻子とともに居住し、職人四人位を使つてスレート工場の下請をしていたもの、同杉山鉄男は昭和四三年八月ころから、同刈山修は、同年六月ころからいずれも右大久保に雇われスレート工として働いていたものであるが、昭和四三年一〇月初旬ころ大久保の妻友子が家出をしたため、同人が同女の居所を捜していたところ、同年一〇月一三日昼ころ同女とその姉が、右大久保と同じアパートに居住していて同女の親しい友人で、被告人らも顔見知りである鳥海加能子を訪れたことや自室から荷物を持ち出したことを、ほどなく付近のパチンコ店の店員や右鳥海から聞き及び、すぐさま杉山、刈山と共に車で心あたりを尋ねたが結局友子を捜しあてなかつたところから、被告人三名はいずれも鳥海に尋ねると友子の居所がわかるものと思い込み、同日午後一〇時頃、大久保所有の普通乗用車(練馬五さ五三―四五)で鳥海がホステスとして働いている国電王子駅前のキヤバレー「女の世界」に赴いたが、鳥海がたまたま欠勤していたため同女に会えず、ビールを飲んだあと、深夜大久保のアパートの付近まで立ち帰りなお付近の食堂でビール等を飲んで時をすごしてから右アパートの前に前記乗用車を止め、友子の居所をつきとめるべく車内で鳥海の帰りを待ち受けているうち、翌一四日午前二時三〇分頃同女がアパートまで戻つてくるや杉山において前記乗用車に乗せ、杉山が運転席に大久保が助手席に座り鳥海をその間に入れ、刈山が後部座席に坐り、車を進行させながらそれぞれ鳥海に対して友子の居所を問いつめたりしたが鳥海は「知らない」というばかりであつたので、被告人三名はこうなつては無理にでも同女に友子の居所を云わせようと考えるに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人らは、同日午前三時頃東京都北区豊島四丁目一八番一一号先の隅田川べりの人どおりのない暗がりの路上に至るや前記乗用車を停め、助手席にいる鳥海(当時二二才)に対し共謀のうえ交々執拗に友子の居所を問いつめ、同女が「知らないと答えると「ここにヤツパがあるんだ、殺してやるぞ」「ガソリンをぶつかけて火をつけちやえ」「川の中にぶつ込んでしまうぞ」「回しちやえ」などと申し向けるともとに大久保、杉山の両名において、同女の頭や顔面を数回殴打するなどの暴行を加えたが、ここにおいて遂に被告人らにおいて同女を強いて姦淫しようと企てるに至り互いに意思相通じ、ここに共謀のうえ被告人杉山において、同女を後部座席に移らせ自らも後部座席に移動して同女をシートの上に押し倒しズボンを脱がせたりパンティを引き破つたりする一方逆に運転席の方へ移動した被告人刈山において杉山に協力して「やめて」と泣き叫びながら抵抗する同女の両手を押さえたが隙をみて一たんは外に逃げ出そうとした同女を杉山、刈山が再び後部座席にひきずり込んだところ、何とかしてこの場を逃れたいと考えた同女から「友ちやんと杉山はできている」とすつぱぬかれ、あわてた杉山は「でたらめを言うな」とやにわに手拳で同女の顔面を三回くらい殴打したが、その際大久保は杉山、刈山を車外に出したうえ前記の被告人らによる一連の暴行により同女が坑拒不能の状態におち入つているのに乗じてブラジャーを引き裂き全裸にしたうえ前記乗用車後部座席において強いて同女を姦淫し、その際前記一連の暴行により同女に対し全治約一〇日間の頭部、顔面打撲傷、右前腕擦過傷、背打撲傷の傷害を負わせたが右各傷害は被告人らの前記強姦の犯意を生じた前後のいずれの暴行によるものか明らかでないものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人らの判示各所為のうち、強姦の点は刑法第一七七条前段、第六〇条に、傷害の点は同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条にそれぞれ該当するところ、強姦と傷害は後記のとおり包括一罪として評価すべきであるから同法第一〇条により重い強姦罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被害者に対し一五万円の慰藉料が支払われたことその他有利な事情を参酌して被告人大久保芳男を懲役二年六月に、被告人杉山鉄男、同刈山修をそれぞれ懲役二年に処し、被告人大久保、同杉山に対し同法第二一条を適用して未決勾留日数中各一五〇日をそれぞれの刑に算入し、被告人刈山に対しては情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により被告人三名に連帯して負担させることとする。

(検察官の強姦致傷の訴因に対する判断)

検察官は被告人らが本件犯行現場に前記乗用車を停車させたときから、鳥海加能子を姦淫しようという意思を相通じて同人に暴行を加えたのであるから本件は強姦致傷罪をもつて問擬すべきである旨主張する。

しかしながら強姦致傷罪が成立するためには傷害が強姦の機会において、強姦行為そのものまたはその手段たる暴行あるいはこれらに附随する行為によつて惹起されたものであることが必須の要件であるから傷害が犯人において強姦の犯意を生じた後の暴行等によつて惹起されたものであることが強姦致傷罪成立のための基本的前提となる。然るに鳥海加能子が受けた傷害は強姦の犯意発生前後のいずれの暴行に起因するか又は双方に依つて生じたものかについては証拠上これを確定することはできない(もつとも第三回公判調書中の鳥海加能子の供述部分のうちに判示前腕擦過傷は一度車外へ逃れたあと再び杉山、刈山の二人に車内に連れ戻された時に出来たものと思う旨の箇所があるが、これによると右傷害は被告人らの強姦の犯意発生後の暴行に起因することになるが、右供述自体同人の推測によるものであると認められるから右のように軽々に断定することは疑問だといわざるをえない。)から結局において本件各傷害が被告人らに強姦の犯意が生じた後の暴行により生じたものとは断定できないことになり被告人らに強姦致傷の罪責を問うことが許されないこととなるわけである。

(当裁判所が強姦と傷害の包括一罪を認した理由)

叙上のように強姦致傷罪が成立しないとすると本件傷害をどのように評価し擬律するかが問題となるが、被告人らの強姦の犯意を生ずる前後にわたる一連の暴行は一人の被害者に向けられた身体侵害の意思に基づき、同一場所において時を接してなされたものであるから一体不可分のものとみるのが相当でありしかも傷害の結果についても強姦の犯意発生以前以後いずれの暴行によつて生じたか不明だとして被告人らに傷害罪の罪責を帰せしめ得ないとすることはこれまた極めて不合理であるし更に後の暴行は強姦行為の手段としてなされたものでこれと結合一体の関係にあるのでこれらすべてを全体的包括的に観察して傷害罪と強姦罪の包括一罪として(仙台高裁昭和三四年二月二六日判決高裁刑集一二巻二号七七頁参照。)重い強姦罪の刑で処断するのが相当である。(熊谷弘 礒辺衛 安広文夫)

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